こんにちは、設計田中です。 ちょっと前、大分のお寺を訪ねました。 富貴寺 というお寺です。
美しい それは そこに佇む という美しさでしょうか。一本の茅の木から作られたというこのお寺、現存する九州最古の木造建築物とも言われています。しかし近づいて見ると結構朽ち果てた木のたくましい形が見えてきます。
美しさとは そのものを 美しい という対象物に捉えがちですが、それだけではないようですね。こんなに朽ちても美しい。木が割れてても、細かい納まりとかこだわらなくても美しい。ざっくりと美しい、なぜでしょうか?美しいプロポ-ション そこにある景色、風景のなかにその建物があることにより生まれる境界線にある空気が美しいというのも美しさの一つであるような気がします。それは大昔から受け継がれた家屋を守る軒の深さ、そこに生える木から建物を作るということ、おおらかな造り、光りを受ける木々、それらがあって 凛とした空気がそこに生まれるのではないでしょうか。それは全てその場所があって生まれることではないかと思います。(だから敷地と建物の関係は大事なのでしょうね。)そしてそんな美しさの本質は少しずつ変わっても守り、伝えていかなければいけないことのような気がします。最近の家はなんだかどんどん複雑になっているような気がします。もっと単純な造りのおおらかで美しい木の家が今必要なのではないでしょうか。







